事業者が直面する現実と、今すぐ取るべき実践的安全対策ガイド
秋が深まり、雑草が勢いよく伸びる季節もひと段落したため、そろそろ草刈りに行こうと考えています。
しかし、最近ひとつ大きな不安が生まれたのです。私が運営する太陽光発電所は近畿圏北部の山間部に位置しており、近年急増している熊の出没情報が決して他人事ではなくなったからです。
全国では連日のように熊被害が報じられ、地域によっては警戒レベルの引き上げや注意喚起が行われています。今回は、こうした報道の背景と、太陽光発電所の管理者として特に気になっている熊被害の現状についてお伝えしたいと思います。山間部に設置された太陽光発電所は、平地では得られない高い日照条件や広大な敷地の確保がしやすいという大きなメリットがある一方、自然環境がダイレクトに事業運営へ影響を与えるフィールドでもあります。台風・豪雨・倒木といった災害リスクは広く知られていますが、近年とくに深刻度が増しているのが 「熊によるリスク」 です。
かつては山間部で熊を見かけるニュースを耳にしても、「自分とは関係のない話だ」と感じる人が大半でした。しかし、今はそうはいきません。山村地域の人口減少、気候変動による生態系の変化、食料の不足、そして人里と山の境界が曖昧になった結果、熊は以前よりも広い行動圏を持つようになり、全国的に住宅地・農地・道路、そして太陽光発電所などの人工施設へと出没する頻度が急増しています。
この問題は、太陽光発電に携わるすべての事業者やメンテナンス会社にとって、もはや「他人事」ではありません。本記事では、太陽光発電所で実際に起こりうる熊リスクの実態、全国の熊被害の現状、自治体の最新動向を踏まえながら、事業者が取るべき具体的な対策を解説します。
全国的に拡大する「熊被害」──今、何が起きているのか
ここ数年、各地で熊の出没が急増しています。
北海道・秋田・岩手・新潟・富山・福井などの山岳地域を中心に、北海道・東北・中部・北陸・近畿の広いエリアで住宅地や農地だけでなく市街地へも侵入が相次ぎ、人的被害は過去最多を更新するペースで増えています。
多くの自治体が「今年は過去に例を見ない出没件数」「深刻な食料不足で行動範囲が拡大」と警鐘を鳴らしており、環境省も緊急対策を打ち出すほど、全国的な社会問題として認識されています。
一般的に熊が増えたと言われていますが、熊が増えたというより、
・餌が不足している
・温暖化で冬眠時期が遅れている
・人里が静かで過ごしやすくなった
これらが複合的に影響し、結果として「出没の頻度」と「人との近距離遭遇」が増加しています。
各自治体の熊情報──発電所の安全管理に必須の「事前リサーチ」
各自治体は熊の出没情報を、市町村の公式HP、防災メール、X(旧Twitter)、LINEの自治体アカウントなどで頻繁に発信しています。
特に太陽光発電所が多い山間地域では、「本日の出没目撃情報」「熊注意報・警戒情報」「農地・山林での警戒強化」など実用性の高い情報が毎日のように更新されます。たとえば、北陸や東北では、1日に複数回出没情報が更新されるほどです。関西や中部でも、三重・和歌山・岐阜などの山間部で出没が増え、警戒状況が継続しています。
太陽光発電所のメンテナンス担当者は、「入山前の自治体情報チェック」 を習慣化することが不可欠です。現場の安全性は、自治体の情報がもっとも早く反映されるため、作業日の前日や当日は必ず最新情報を確認すべきです。
1.北海道・東北地方
2.関東地方
3.中部地方(甲信越・北陸)
4.東海地方
| 岐阜県 | https://www.pref.gifu.lg.jp/page/4964.html |
| 静岡県 | https://www.pref.shizuoka.jp/kurashikankyo/shizenkankyo/wild/1017680.html |
| 愛知県 | https://www.pref.aichi.jp/soshiki/shizen/tsukinowaguma.html |
5.近畿地方
6.中国・四国地方
太陽光発電所で実際に起こりうる「熊リスク」とは?
太陽光発電所における熊との遭遇リスクは、単なる「危険動物の出没」にとどまりません。事業の継続性や設備の保全にまで影響し、事業収益を左右する重大なリスクへと発展します。
● 作業スタッフの安全リスク(最重要)
太陽光発電所の現場で最も深刻なリスクの一つが、メンテナンススタッフが熊と遭遇し、襲われてしまう可能性です。熊は基本的に人間を避けて行動するといわれていますが、状況によっては攻撃性が一気に高まります。特に、子どもを守ろうとする母グマに対峙したときや、餌を確保した直後で興奮状態にあるとき、さらには人間が気づかないうちに至近距離で鉢合わせしてしまったときなどは、熊が防衛本能から攻撃に転じることが珍しくありません。
こうした遭遇によって受ける被害は、身体的な怪我にとどまらないケースもあります。襲われた恐怖体験が後を引き、PTSDのような精神的ダメージが長期間続いてしまう例も報告されており、現場で働く人にとって重大な安全問題となっています。
● 設備の損傷・破壊リスク
熊が持つ力は想像以上に強大で、その被害は発電所の設備にも深刻な影響を及ぼします。実際に、熊がフェンスを力任せに押し広げて侵入したり、敷設されたケーブルを噛み切ったりする可能性があり、また、パネルの裏側に入り込んで機器を破損させたりする可能性もあります。
こうした被害が発生すれば、補修にかかる費用は高額になりやすく、単なる修理だけで済まないこともあります。さらに、保険が適用されるかどうかは契約内容や状況に左右されるため、必ずしも全額が補償されるわけではありません。その結果、事業者にとって無視できない経済的損失につながる可能性が高く、熊対策を怠るリスクは大きいと言えます。
● 作業計画の遅延・中断
現場で熊の足跡や糞、爪痕といった痕跡が確認された場合、何よりも安全確保が最優先となるため、作業は一旦中断せざるを得ません。その結果、草刈りのスケジュールが後ろ倒しになって発電量が低下したり、計画していた定期点検が実施できず設備管理に遅れが生じたりする可能性があります。さらに、本来なら早めに対応すべきトラブルがあっても、現場に入れないことで判断や処置が遅れてしまう恐れもあり、発電事業全体に影響が及ぶ点は見過ごせません。
熊リスクを軽減するための3大対策
太陽光発電所で熊への対策を講じる際には、「熊を寄せない」「熊を近づけない」「熊と遭遇しない」という三つの視点から総合的に考えることが最も効果的です。まず、熊を発電所の敷地に“寄せない”ためには、日頃から適切な環境整備を行うことが欠かせません。特に重要なのが草刈りの頻度で、年に二回程度では十分とは言えず、最低でも三〜四回の草刈りを実施することが望まれます。草が生い茂ると熊にとって身を隠せる遮蔽物となり、敷地が「安全な場所」と認識されてしまうためです。また、敷地周辺に山ブドウやドングリ、ササ類など熊が好む植物が多い場合は、可能な範囲で伐採や除去を行うことで出没リスクを下げられます。さらに、メンテナンス時に発生したゴミや飲食物を敷地内に残すことは厳禁です。熊は人間の数十倍以上といわれる鋭い嗅覚を持ち、わずかな匂いでも引き寄せられる可能性があります。
次に、「熊を近づけない」ための設備対策として最も効果が高いのが電気柵です。おおむね7,000ボルト程度の出力が確保できれば熊対策として十分な威力を発揮し、農地や山林でも幅広く利用されています。ただし、草が電線に触れると漏電しやすく、効果が著しく低下するため、日常的な管理が欠かせません。フェンスの強化も重要で、高さ2メートル以上、地面との隙間は10センチ以内、ワイヤーメッシュで補強された構造が理想的とされています。既存のフェンスでも改善できるポイントは多く、隙間の封鎖や老朽部の補修により効果を大きく高めることができます。加えて、センサーライトや威嚇音装置などの設置も補助的に役立ちますが、熊が慣れてしまう可能性があるため、匂い・光・音を組み合わせた複合的な対策がより有効です。
三つ目の視点である「熊と遭遇しない」ための運用対策も、安全なメンテナンス体制を確立するうえで欠かせない要素です。作業は原則として複数名で行い、無線機やスマートフォンを常に使用できる状態にしておくことが理想です。単独作業は、万が一遭遇した際に逃走や通報が遅れ、重大な事故につながる可能性が高まります。また、現場に入る前には自治体が提供する最新の熊出没情報を必ず確認し、敷地内で足跡や糞など痕跡を見つけた場合には、迷わず作業を中断することが基本です。作業中に音を意図的に出すことも重要で、熊鈴やラジオ、あるいは作業員同士の声かけを継続することで、熊が人の気配を察知しやすくなり、接近の防止につながります。さらに、熊が最も活発に活動する早朝や夕方の時間帯の作業を避け、日中にメンテナンスを集中させることで遭遇の可能性を大幅に下げることができます。
加えて、重要なのが、役所や警察署など行政機関との連携です。地域の熊出没状況は日々変化するため、最新情報を得るには自治体や担当部署とのつながりが大いに役立ちます。地元の環境課・鳥獣対策部署・警察署などに相談し、必要であれば現地確認やアドバイスを受けることで、より実情に即した安全対策を構築できます。特に、継続的な情報共有や通報手順の整理は、発電所の安全運用を支える重要な要素となります。
熊に出会ってしまった場合は
クマ類の生息域となる山林等へ入山する際はもちろん、人の生活圏でもクマ類と遭遇する可能性があります。クマ類による人身被害を回避するためには、クマ類と遭遇した際に適切に行動することが大切です。ここでは、クマ類と遭遇した場合にとるべき行動について解説します。
- 遠くに熊がいることに気づいた場合
落ち着いて静かにその場から立ち去ります。クマが先に人の気配に気づいて隠れる、逃走する場合が多いですが、もし気が付いていないようであれば存在を知らせるため、物音を立てるなど様子を見ながら立ち去りましょう。急に大声をあげたり、急な動きをしたりするとクマが驚いてどのような行動をするか分からないため、注意しましょう。 - 近くに熊がいることに気づいた場合
まずは落ち着くことが重要です。時にクマが気づいて向かってくることがあります。本気で攻撃するのではなく、威嚇突進(ブラフチャージ)といって、すぐ立ち止まっては引き返す行動を見せる場合があります。この場合は、落ち着いてクマとの距離をとることで、やがてクマが立ち去る場合があります。 - 至近距離で遭遇した場合
クマは逃走する対象を追いかける傾向があるので、背中を見せて逃げ出すと攻撃性を高める場合があります。そのため、クマを見ながらゆっくり後退する、静かに語りかけながら後退する、など落ち着いて距離をとるようにします。慌てて走って逃げてはいけません。クマによる直接攻撃など過激な反応が起きる可能性が高くなります。攻撃を回避する完全な対処方法はありません。クマは攻撃的行動として、上腕で引っ掻く、噛み付く、などの行動をとりますが、ツキノワグマでは一撃を与えた後すぐ逃走する場合が多いとされています。顔面・頭部が攻撃されることが多いため、両腕で顔面や頭部を覆い、直ちにうつ伏せになるなどして重大な障害や致命的ダメージを最小限にとどめることが重要です。クマ撃退スプレー(唐辛子成分であるカプサイシンを発射するスプレー)を携行している場合は、クマに向かって噴射することで攻撃を回避できる可能性が高くなります。 - 親子熊との遭遇
親子連れのクマと遭遇した場合、母グマは子グマを守ろうと攻撃的行動をとることが多いため、より一層注意が必要です。子グマが単独でいるような場合でも、すぐ近くに母グマがいる可能性が高いため、近づくことはせず、速やかにその場から離れることが必要です。 - 熊撃退スプレーによる撃退
カプサイシンは粘膜を刺激するため、クマの目や鼻・のどの粘膜にスプレーが当たるよう、顔に向かって噴射することが重要です。射程距離は 5m 程度と短い製品が多いため、十分クマを引き付けてから噴射する必要があります。下草が人の背丈ほどに鬱閉したところなどでは効果的な噴射が難しく、十分な効果を期待できないことがあります。刺激性物質の効果は人も同じなので、風向きによっては噴射した本人へも影響があります。それでもクマからの攻撃を回避するためには、躊躇せずスプレーを噴射することが重要です。誤射に注意しつつ、いざという時にすぐ使うことができる場所に携帯することが必要になります。咄嗟に使用することは難しいので、事前にトレーニング用スプレーなどで練習することも重要です。
引用 環境省資料
まとめ
熊リスクは、決して“運任せ”にしてはいけません。むしろ、次の3要素をバランスよく整えることで、かなりの部分を事前に防ぐことができます。
- 環境整備(草刈り・植生管理・ゴミ管理)
- 設備対策(電気柵・フェンス強化・威嚇装置)
- 運用管理(複数作業・情報収集・遭遇回避行動)
太陽光発電所は20年以上の長期運用が前提です。「安全管理」は設備投資と同じく、事業を継続するうえで欠かせない経営項目です。
熊対策を怠らなければ──『寄せない・近づけない・遭遇しない』この3段階で、熊リスクは“管理可能なリスク”に変えられます。事業者・オーナー・メンテナンス会社が協力し、行政も巻き込んで安全で持続可能な太陽光発電所運営を実現していきましょう。
みなさん、こんにちは!今回は太陽光発電所のメンテナンスについてお話したいと思います。先日、私が運営している太陽光発電所のメンテナンスに行ってきました。この日は5月下旬にもかかわらず、真夏のような暑さで、熱中症の危険を感じるほどの厳しい環境[…]
(免責事項)
本記事は、太陽光発電所における熊リスクと対策に関する一般的な情報提供を目的としたものであり、特定の状況における完全な安全性を保証するものではありません。熊の出没状況や自治体の対応は日々変化するため、実際の作業前には必ず最新の公的情報を確認し、専門機関へ相談のうえ安全を確保してください。記事内容を参考にしたことによるいかなる損害についても、当サイトは責任を負いかねます。